舞う雪の姿に...

降る雪、積もる雪を追いかけて、栗駒山麓へと向かいます。
前日までなら、紅葉を楽しめただろうと思われる小安峡辺りもすでに雪の中。
そこを過ぎれば、ノーマルタイヤでは立ち入れない道路状況。そんな道も、この翌日の午前中から春先まで、冬期間の閉鎖となります。

さすがにこの雪では、行き交う車もほとんど無く、バージンスノーにタイヤの跡を刻みながら進んで行きます。

登山道の入口に到着。
須川温泉はすでに営業を終えていて、冬支度の真っ最中。慌ただしく働く人たちの横を通り過ぎ、山の中へと入って行きます。


一歩踏み込めば、もうそこは人の営みとは無関係な世界。
自分以外人の姿はもちろん無く、その自分という存在もあまりにも「場違い」に感じられ、長居は無用と思いつつも、何かに取り憑かれたように奥へ奥へと分け入ってしまいます。

降っていたかと思うと、急に止んでしまって、遠くまで見渡せるようになったりします。
だからといって、他に動く物の姿が見える訳でもなく、植物以外の生き物の痕跡すら、感じなくなっている事に気が付きます。

名残ヶ原に辿り着きます。
「ここで一体、何にピントを合わせているのだろうか?」
シャッターを切りながら、そんな自問自答を繰り返す私。
少なくとも目の前に見える物体に焦点を合わせている実感はありません。
ひょっとしたら「ここにある空間の全て」を写そうとしているのかもしれません。
気が付けば「舞う雪の姿」が写っていました。
(上の写真をダブルクリックすると見えるかもしれません)

黙って風景を眺めていると、こんな風に自分の上にも雪が積もってきます。
この時期の東北の雪とは思えないほど、さらさらに乾いた雪です。
ふとこれ以上、長居をしてはいけないような気がして、もと来た道を戻ります。
「もっと先に進んでみたい」という想いに、後ろ髪を引かれつつも、その背後で「後ろ髪を引く何か」の存在に、ほんの少しの恐怖心も覚えつつ、足早にその場を立ち去ります。

登山道入口近くにある蒸し風呂小屋みたいな所まで戻ってきました。ここまで来れば、須川温泉の雪囲いを組み立てる金槌の音も聞こえて来て、一安心、と思いきや、そんな僅かに残された人の痕跡の上にも、容赦のない「何か」が襲いかかって来ていました。

どこまで行っても雪が舞っています。

ここまで行って帰ってくる間、僅かに40分程度。
夏場なら、町中を歩くのと同程度の格好で、何の苦もなく往復できる道行き。
でも今日は、いつも何の気無しに眺める鳥居の姿が、まるで何かの「結界」を示す印のように見えます。
「ここからは別の世界...」
この鳥居は静かにそう語っているようでした。

下界に下りて来る間に、空から降るのものは、いつしかみぞれの様に重たいものに変わっていました。
その雪はいつしか舞う事を止め、カメラに写るその軌跡は、何となく重そうで、地面向かってただひたすらに落ちて行くようでした。
http://homepage.mac.com/sekainokakera/index.html
























途中、玉川温泉に立ち寄り、湧出量日本一の「大噴(おおぶけ)」を、子どもにも見せてみようと思いましたが、あまり興味がないみたい。
ということで待つ事30分ほど。するとそれらしい人たちが集まり始め、12時には開門、一路、八幡平に向かいます。

ここを降りてみて判った事なんですが、この「雪の壁」、秋田側よりも岩手県側の方がはるかに高くて立派でした。その理由は定かではありませんが、写真でも判るように、高い所では人の背丈の2倍以上の高さで雪が残っていました。


先日、昨年のダイアリーを眺めていた妻がボソリと言うには、
そんな景色を窓から眺めながら、最後の珈琲を一杯。上手にいれられなかったのは残念ですが、それを味わいつつ、飲み終わったら、絵筆を取り、キャンバスに向かうのです。・・・・





















何故黒豆入りかと言うと、皆さんのご想像通り、思わぬ所から頂いた正月用の黒豆の煮物の残りです。それが実家の方で余ってしまい、そのおっそ分けが我が家にも飛んで来た訳ですが、これが今だ食べ切れないんです。ということで、この黒豆を入れたパンを作った訳ですが、やはり室温が低いためか、発酵が上手くできないと、ぼやきながら作業してました。











なんていい気分に浸っていたら、突然の轟音と地響きとともに除雪車が家の前の道路を駆け抜けて行きます。

こうなってくると朝の雪かきも始まります。流雪溝が動き始めると、その時間頃には自動的に雪かきに参加しなければなりません。故に「自分で好きな時間に雪かき」なんて事はあり得ません。


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