カテゴリー「書籍・雑誌」の29件の記事

2009年11月26日 (木)

草すべりその他の短編

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これまでもちょこちょこ、本も読んでいたし、もちろん良い本、好きな本にも巡り会ってはいたのですが、なんとなく滞っていた本の紹介。
まあ、これだけ色々なカテゴリーを詰め込んでしまえば、なかなか日の目を見ないジャンルも出てくる訳ですが...

     ×        ×        ×     

まだ40過ぎたばかりの私が言うのもなんですが、自分の体に関して言えば、「進歩」を感じる事などほとんど無く、むしろ「衰え」ばかりが目につく今日この頃。
気が付けば「50歳まで、あといくつ?」なんて逆算をしている自分に、加齢に対する喜びではなく、残りの人生をカウントダウンしている様な、そこはかとない寂しさを感じます。あと4、5年も経てば落ち着く(それとも開き直る?)でしょうが、とりあえず今は、減り続けるカウンターを眺めながら、焦りを感じている様な具合です。

今日紹介する本は、そんな寂しい気持ちに響くような一冊。

軽いあきらめ、でもちょっとだけ光も見えました。

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 草すべりその他の短編
 南木 佳士 作/文藝春秋 刊

転校して以来、一度も会っていない高校の同級生(女性)からの手紙。突然、何事だろうと戸惑いながらも、一緒に山登りをする約束をしてしまう50代半ばの男性。
当時の自分、当時の彼女、そして目の前にいる彼女。
山を登りつつ、先を行くその女性の後を追いながら、今の自分について振り返る。

そんな風にして物語は進んでいきます。


表題作も含め共通しているのは、主人公の設定。
50代半ばの医者であること。それ以外にもいろいろと。

略歴を見た所、作家ご本人が医者であった(ある?)ということで、私小説みたいな感じなのかもしれません。

ドキドキ、ワクワクするというよりは、静かに響く様な感じ。

本当はそんな物やって来て欲しくない!でもそれは確実に自分の中にしみ込んで来て、いつしか、しっかりと根を張ってしまうもの。

そんな物の存在の再確認。そしてあきらめ。

でも、同時にそれを拒絶するのではなく、受け入れる事で、目の前に新たな地平が広がってくる様な感覚。

そう思えば、年を取る事も悪くはないのかな、とちょっとだけ思う一冊でした。

ちなみにこの作家さんのお名前は「なぎ けいし」と読みます。で、映画にもなった「阿弥陀堂だより」の原作者で、実を言えば学生時代を秋田で過ごしていた事もあるようです。
(秋田テイストは全く感じませんが)

この本をたまたま図書館で目にしたときは、正直「こんな作家さんの本、あったっけ?」と首を傾げてしまいました。

それはともかく、私のように40を過ぎて、年齢をカウントダウンし始めてしまった方に、ぜひ、お薦めの一冊です。

興味がありましたらぜひどうぞ。




中野修一公式ウェブサイト/この世界のカケラを眺めながら
http://homepage.mac.com/sekainokakera/index.html

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2009年7月17日 (金)

「正しい選択」とは?

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「もし、あの時、こうしていれば...。」
「あそこで右を選んでいれば、こうなってたはずだ。」
「あの時、あの服を選んでいたらなぁ...」などなど。

ある瞬間の、ほんの気まぐれにも似たささいな選択が、その後の人生まで決めてしまったんじゃないか、と後悔したことがありますか?

「この選択肢を選んでいなければ、今の自分は、もっと違っていた。」

でも、本当にそうでしょうか?

そんな事を考えさせてくれる一冊です。

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 四畳半神話体系
 森見 登美彦 作/太田出版 刊

大学に入って3年目の春に、ふとそれまでの学生生活を振り返る主人公。
もし、入学時にこのサークルを選んでいなければ、
もし、あの悪友と知り合っていなければ...

そんな事を振り返りつつ、今の境遇を鑑みながらも、そんな態度とは裏腹に、何かの因果でもあるが如く、主人公は徐々に事件に巻き込まれて行きます。



前回紹介した「太陽の塔」と同じく、今回も京都市内の極めて限定された地域が舞台です。
全体としては、4片からなる短編の様な構成ですが、最後まで読んでみると、「SF的手法」とも言える方法で、大きな一つの物語として語られる事になります。

詳細は語れませんが、何かが上手く行かなくなった時、言い訳のように口からこぼれ落ちる台詞。

「あの時、○○を選んでいたらなぁ・・・」

そんな台詞がキーワードとなって、物語は進んで行き、

「でも、本当に人生、変わっていた?」

という問いを、私たちに突きつけてきます。

ちょっと自己中心的だったり、我がままだったり、訳がわからなかったり...。
それぞれが個性的で、一癖も二癖もあるような登場人物たちが織りなす物語。

でも冷静に考えてみると、自分たちもまた、人と違う部分を持っていて、それを普段よりちょっとだけ強調してしまえば、彼らの隣にいても何ら違和感がないのかもしれない。

程度の差さえあれ、われわれもまた、隣人から見ればそれぞれに、異質で変わった人なのかもしれません。

興味がありましたらぜひどうぞ。




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2009年7月 1日 (水)

様々な、心の傷の受けとめ方。

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誰かに恥ずかしい所をみられたり、バカにされたり。
誰か大切な人が死んだり、または誰かにふられたり。

人は同じ様な事で、大なり小なり心に傷を負います。

しかし傷の種類は同じでも、受け止め方が十人十色なら、その癒し方はそれこそ千差万別。

今回の本は「こんな傷の受け止め方もあるんだなぁ」と思わせる一冊。

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 太陽の塔
 森見 登美彦 作/新潮社 刊

 「太陽の塔」というから、大阪が舞台かと思い気や、メインは以外にも京都。
京大在籍5年目となる、ちょっと「変な」学生(休学中)が主人公で、彼とその友人たちが織りなす、怪しくも微笑ましいお話。



「舞台が京都」という事で、何故かやっぱり定石のように「百万遍」とか「三条」「河原町」「八坂神社」「鴨川」などなど地名があちこちの散りばめられています。
なかには「寺町通の○○レコード店で、カレンダーを...」なんてコアな件もあり、「あっ、ひょっとしてあの店かな?」と勝手に思い込んだり。

これだけなら京都が舞台の物語の定番なんで、少々食傷気味に感じる所ですが、その先は全然違います。
舞子や芸子は登場せず、出てくるのはかなり癖のある大学生ばかり。

主人公は「研究」と言ってふられた彼女を付け回すストーカーまがい(?)の行為を繰り返しております。
そんな怪しい主人公ですから、出てくる友人(?)たちも一癖も二癖もあります。

そんな愉快だったり、時にはくど過ぎる物語を読んでいる中で、ある事に気が付きます。

「傷ついた心を受け止める方法」

その方法が私たちが思う以上にたくさんあって、「こんな方法もあるのか」という事。

色んな小説や映画があって、色々な失恋があります。

 でもこの本の中にある、「失恋の痛みの受け止め方」はどこでも見た事がなく、ある意味変わってもいるのですが、それこそが新鮮でした。

見た目はどんなに変だったりおかしかったり、「普通」とはかなり違っても、人は同じように傷つきます。

そして彼らもまたそんな傷を眺めながら、同じように迷い、戸惑っているのでした。




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2009年4月23日 (木)

春眠?それとも「大いなる眠り」?

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 飽きもせずに、雨。

 時々、強風も伴ったりして、桜の花の「命短し、恋せよ乙女」。
 って、よくわからない?

 学生の頃は、季節に関係なく、いつも眠かったけど、今はどうでしょう?とりあえず、昨日は昼頃からあくびの連発でした。

09042302 大いなる眠り
 レイモンド・チャンドラー 作
 双葉 十三郎 訳/創元推理文庫 刊


  チャンドラーの処女作。
 とある老富豪から調査の依頼を受ける私立探偵フィリップ・マーロウ。そこにその富豪の娘二人が絡んで来て、話はどんどんややこしくなり、深みにはまっていきます

 富豪だから当然お金持ちなのに、全然幸せそうじゃない人たち。ただ惰性で生きて来て、その勢いが止まりそうなのを自覚して、焦っているようにさえ見えます。


 探偵小説と言うか、推理小説と言うかはともかく、その手のジャンルの本と思って読むと肩すかしを食らいます。

 良い意味で。・・・たぶん

 この作家はひょっとすると、推理小説にお決まりの「最後の謎解き」みたいのがあまり好きじゃないのかもしれません。だからマーロウもそんな事はしません。
 実際、私もあまり好きじゃない。これは映画などで見るとより判り易いんですが、最後ばかりが重くなり全体として不自然な印象になるからなんでしょう。

 その不自然さを解消する方法。それは主人公が

「刑事ではなく、私立探偵である」ということ。

 推理小説の定番を、あえて無視する事で、登場人物たちが血肉ある存在として、生き生きと物語の中で動いているのです。

 「どうやって殺すの?」
 「アリバイはどうしたの?」

そんな「方法」よりも、もっと重要な

 「なぜ、そうしてしまったの?」という動機みたいなもの。

 そこへ行き着つかなければならなかった人たちの「悲しみ」みたいなものが垣間見えて、何ともせつなくなる一冊でした。



中野修一公式ウェブサイト/この世界のカケラを眺めながら
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第27回 上野の森美術館大賞展のサイトです。
  何もないサイトですが、受賞作品だけは見れます。

http://www.ueno-mori.org/kobo/taisho27/index.html




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2009年4月18日 (土)

マーロウ、再び・・・

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 「桜も開花!」

 なんて書きましたが、のんびり市内を巡ってみると、場所ごとにまだまだバラツキがあるようで、雄物川沿いの土手の桜などは、もうちょっと時間がかかりそうな感じ。最もこの土日で晴れて、暖かくなれば、一気に・・・なんて事にもなりそうです。
 何たって生ものですから・・・あっ「生き物」か!

09041801 さらば愛しき女よ
 レイモンド・チャンドラー 作
 清水 俊二 訳/ハヤカワ文庫 刊


  運悪く?殺人現場に居合わせてしまった私立探偵マーロウ。そしてその事件解決の為に、警察に協力させられるハメなった探偵は、捜査を進めていくうちに新しい事件に巻き込まれ、どんどんと深みにはまっていくのでありました・・・。

 とまあ、探偵小説と言うジャンルから考えて、あまり細かく書いても行けないので,詳細が気になる方はまず読んでみて下さい。

 以前、村上春樹訳「ロング・グッドバイ」が、存外面白くて、また機会があったら読んでみようと思っていたのですが、図書館にはチャンドラーの作品はこれ以外にない・・・と思っていたら、文庫本のコーナーで見つけまして、早速、借りて来て読んでみました。

 で、その「ロング〜」の方なんですが、読んだときは

「村上春樹さんの訳だから、何となく村上春樹の作品っぽいのかな?」

 ぐらいに考えていたのですが、この別の人の訳による「さらば〜」を読んでみると、文章の言い回しや、ちょっと普通じゃ考えにくい比喩の突拍子のなさなど、所々に「村上春樹っぽさ」がやっぱり感じられます。

 そんな部分がチャンドラー独特のものなのか、それともアメリカのハードボイルド特有のものなのかは「チャンドラー以外」を読んだ事がないので、判然とはしません。

 ただこの「道路に投げ捨ててしまった?」ようなちょっと投げやりのような、何とも力の抜けたような文章や台詞が、結構楽しかったりするんです。

 事件の解決そのものよりも、フィリップ・マーロウという主人公の、生き生きとした生き様を感じさせてくれる文体と台詞が、読んでいて心地良く、このキャラクターがすっかり気に入ってしまいました。

 と同時に、村上春樹さんのルーツを垣間見せてくれるような側面もるような気がして、そちらのファンの方にもちょっとお勧めの一冊です。



中野修一公式ウェブサイト/この世界のカケラを眺めながら
http://homepage.mac.com/sekainokakera/index.html

私の作品が西脇市サムホール大賞展に入賞しました。
http://www.nishiwaki-cs.or.jp/okanoyama-museum/thumbhole/




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2009年3月22日 (日)

ほぼ真西へ/エルマーは続く

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 えーっと、20日は春分の日な訳で、ということは、その次の日に撮ったこの写真の太陽は、ほぼ真西に沈む太陽ということ。だから何だと言われればそれまでなんですが、1日遅れなのはともかく、解説が必要なくらい判りにくいのではありますが、これもまたこれなりに劇的な「瞬間」な訳です。

 最も撮った本人自身が二日も経ってから、ようやくその事に気づくくらいだから、あまり「劇的」でもないのかな?

 そんな事などどうでも良いと思えるほど、久々にきれいな夕焼け空でした。

 だんだん暖かくなってきて、同時に日も長くなってきて、うちの中でごそごそやってるよりも、外で遊んだ方が気持ち良さそうな今日この頃ではありますが、寝る前の読み聞かせは続いてます。決して退屈な訳じゃなく、あまりにのんびりした話なので、読んでるこっちの方が眠くなっちゃいます。

これもステキな春の魔法?zzzzzzz......

09032202 エルマーとりゅう
 ルース・スタイルス・ガネット 作
 ルース・クリスマン・ガネット 絵
 渡辺 茂男 訳/福音館書店 刊


 無事、りゅうを助け、どうぶつじまを飛び出したエルマー。家まで飛んで帰ると約束したまでは良かったのですが、途中、海の上で嵐に出会って不時着、そこでまた事件に巻き込まれます・・・

 前回の「エルマーのぼうけん」の続編。話はしっかりと連続しているので、やっぱり「〜のぼうけん」を読んでから、こちらを読むのがお薦めです。

 これもやっぱり「冒険」のお話ではありますが「ハラハラドキドキ」というよりは、「ほのぼの、のんびり」です。

 子どもにも読み易いように、文章を出来る限りスリム化しているような感じで、ともすると情景描写も最低限に押さえてあるので、文章だけでその風景を想像するのはちょっと難しいかもしれません。

 そしてその想像し難い部分を、補ってくれている挿絵は、今回もやっぱり魅力的で、まさに文と絵の両者が切っても切り離せない関係のように、お互い響き合っています。

 単純で、ともすればあっさり読んで、忘れてしまいそうなストーリーが、挿絵によって、名作となり、傑作となる。そんな事を実感させてくれる一冊です。

 皆さんもいかがですか?



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2009年3月13日 (金)

エルマーのぼうけん

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 フライパンの上に落とした卵の黄身みたいだった昨日の月。カメラの性能いっぱいいっぱいの望遠で、ピントは甘くなってしまいましたが、でも色は確かにこんな感じでした。
 卵かけご飯が大好きなうちの子も、そんな月を見ながら舌なめずりをしていました。これってきっと「トムとジェリー」のマネなんだろうなぁ。

 また一冊読み終わりました。今回はちょっと短めの本のご紹介。でもなかなか楽しめます。

09031302 エルマーのぼうけん
 ルース・スタイルス・ガネット 作
 ルース・クリスマン・ガネット 絵
 渡辺 茂男 訳/福音館書店 刊


 冷たい雨の中、ずぶぬれの年取った野良猫を拾って来た男の子エルマー。ところがやっぱりお母さんに見つかり、捨てられて、それに怒ったエルマーは、冒険の旅に出発します。
 その野良猫から話を聞いた「竜」を探し、自分の夢を叶えるために。


 児童書としてはあまりにも有名で、たぶん自分も子どもの頃に読んだと思うのですが、内容に関してはすっかり忘れていました。

 ただこの挿絵にも出てくる、一風変わった配色の可愛らしい竜の姿だけはずっと憶えていて、「竜」という言葉を聞くと、その姿が頭の片隅に浮かんで漂っていたのでした。この本を改めて手に取り、その竜がこの本の挿絵だった事実に気づき、驚いています。

 そう考えると挿絵の力って凄いですね。改めて感心させられました。
 しっかり挿絵を見てみると、一つひとつ素敵な作品で、単に物語のイメージを補完するだけの物ではなく、一枚だけ取り出しても、独立した一個の作品として成立しそうなぐらい魅力的です。

 そして実を言うとこの話、「ぼく」自身の話ではなく、「ぼくのおとうさん」であるエルマーが子どもの頃に体験した話ということなんです。これも「むかし、むかしあるところに・・・」の別バージョンなんでしょうかね。

 話自体は長くもなく、いたって単純です。でもそんな中に、妙に人間臭い動物たちがたくさん登場するなど、楽しい要素のいっぱい詰まった愉快な物語です。

 皆さんもいかがですか?




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2009年3月 8日 (日)

ジム・ボタンとともに

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 また1つ、冒険の物語が終わります・・・。

 といっても、あくまで読み聞かせのお話。

 例えつまらない一日だったとしても、最後にはワクワクした気持ちで終える事ができた、就寝前の読書の時間でした。

 ジム・ボタンの機関車大旅行
 ジム・ボタンと13人の海賊
 ミヒャエル・エンデ 著/上田 真而子 訳/岩波書店 刊

09030801  ある男の子の物語。
 小さな小さな島国に住んでいたジム・ボタン。彼は孤児だったけれど、島民のみんなから愛され、すくすく育っていました。でもそんなある日、訳あって、一番の仲良しの機関士ルーカスと彼の機関車エマとともに島を飛び出し、そこから冒険が始まります・・・。

 竜、お姫様、海賊などなど、冒険物語を盛り上げてくれる要素がてんこ盛りで、最後までハラハラドキドキしながら楽しめます。


 訳者さんの解説によれば、もともと1つの物語だった作品を、出版社の説得もあって、上下2巻に分けて、今のようにそれぞれ別の題をつけて出版したそうです。だから別版での出版物では最初からこの2冊が一冊にまとまっている物もあり、実際、どちらから読んでも良いという作品ではなく、「〜機関車大旅行」の方から先に読まないと、話が全く繋がりません。

 エンデの処女作だそうで、確かにその後の彼の作品にも繋がるような、エンデ特有の不可思議というか、ちょっと空虚感があると言うか、そんな独特の世界観が、抑制されながらもすでに随所ににじみ出しています。
 また所々に「不条理小説」的な雰囲気も散りばめられ、この辺りの説明や言い回しは6歳児にはちょっと難しかったかもしれません。逆に言えば、そんな部分がある事で、ただ冒険物語を追いかける子どもとはまた違う視点で、深読みをする事もできるので、大人でも退屈する事無く読む事ができます。

 ただ、そんな部分も多過ぎる事は無く、二人が島を飛び出した辺りから、まさしく「冒険、冒険、また冒険」と言った感じで物語はめまぐるしく、読者を飽きさせる事無く展開して行きます。2刊あわせると700ページ近くありますが、終わってしまえば「あっ」と言う間の出来事のように、最後まで楽しく読む事ができました。

 うちの子に言わせると、「ガンバ」シリーズに負けないヒット作だったようで、最後まで寝るのも忘れて、聞いていたようです。

 そんな子どもの頭の中では、いつまでも、どこかでジムとルーカスが機関車を走らせながら、冒険の旅を続けているのかもしれません。

 皆さんもいかがですか?




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2009年3月 3日 (火)

どこかに迷い込むような感覚

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 3月に入ってからの予想外の雪。市内のあちこちの高校では、卒業式を迎えたようですが、そんな彼らの頭や肩の上にも容赦なく雪は積もります。

 今から20年程前、愛知県のとある大学で迎えた卒業式では、桜が満開だった事を思い出し、改めて日本列島の長さを実感したりもします。

 それでも今日の雪は、冬の最中のそれとはひと味違い、どことなく温かい雰囲気を醸しながら、静かに舞うように降っているようでした。

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 花 ま ん ま
 朱川 湊人 著/文藝春秋 刊

 ちょっと不思議な話を綴った短編集。
 ちょっとだけ昔の大阪の路地裏の片隅に迷い込んだような物語。そこでささやかに繰り広げられる出来事は、まるで現実の世界にある見えない程小さな裂け目から、その向こう側にある別の世界がにじみ出してできたシミのように、ちょっとだけ「妖しい」向こう側の世界をわずかに垣間見せてくれるのです。


 星新一さんや筒井康隆さんの短編集を無邪気に読んでいた頃は、「短編には必ず、落ちがある」と勝手に思い込んでいました。だから初めてヘミングウェイの短編集を読んだ時、何の落ちも無く物語は突然終了してしまい、肩すかしを食らったことを、今更ながら思い出します。

 こちらの方はいわゆる前者の方で、以前、同じ人の書いた「都市伝説セピア」という本を読んだのですが、いわゆるミステリーというか、ダークな落ちの用意された、背筋が少しだけ寒くなるような短編集でした。

 この「花まんま」というのはそれに比べると、幾分明るい、というか人に優しいと言うか、読後感の後味は温かい方だと思います。
 そこに描かれているちょっと不思議な話が、それぞれ少し妖しく非現実的な話にも関わらず、それが路地裏の片隅に溶け込むように展開される事で、妙な説得力を持って語りかけて来るのです。

 ちなみに私は「摩訶不思議」という一編が結構気に入っています。

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2009年2月26日 (木)

忘却の彼方

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 仰々しいタイトルですが、簡単に言ってしまえば、衰えいく記憶力の事です。

 先日も図書館で「何を読もうかな?」なんて本を物色している最中のこと、すでに読んだ事のある本が目に止まりました。

 「これはもう読んだから・・・」

 と思い、別の本へ眼を向けた刹那、言いようの無い違和感を感じます。そこで改めて先ほどの本の所に戻って、じっと考えてみるのですが・・・

 「どんなストーリーだっけ?・・・」

 確かに読んでいるはずなのに内容がちっとも思い出せません。十年前とかならともかく、確か読んだのは去年だと思うのだけれど、細かなストーリーどころか概要さえ記憶にありません。「読んだ」という微かな印象だけが、脳の襞にわずかにこびりついたカスのように揺らめいているだけです。

 改めて書架を見直してみると、そんな本が結構ある事に気が付きます。「この本つまらなかったよなあ」という印象とともに思い出される本もあるぐらいなので、これは本の内容と比例するものではなく、そこそこ面白かったなあという本でも、憶えていなかったりするのです。

 老化現象と言ってしまえば身もふたもなく、何ともお寒い話ですが、記憶力が落ちているのは間違いの無い事で、かろうじて「読んだ事だけは憶えている」のがせめてもの救いなのかもしれません。



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