神社のイメージ
時代劇なんかで時々出てくる村民の寄り合いのシーン。
「おら、もうこれ以上年貢なんか収められねえだよ!」
そんな悲痛な叫びを上げているシーンの背景が、よく見ると神社内だったたり。
村人たちがお金を出し合って社を建て、神様を御祭りする場所。
と同時に、何かの相談をしたり、話し合いをする場所でもあった神社。
今回の御年越しが行われたのもまさにそんな場所で、中にはトイレや簡単な流しもあって、ちょっと前までは本当に町内にの寄り合いはここで行われていたそうな。
しかし新しい町内会館ができ、世代が交代して行き、さらに新しい住民も増えた今では、その存在自体を知らない人も多くなり、実際、今回の御年越しのお参りにこられたのも数名で、しかも年配の方ばかり。
町内の寄り合いの場所としての機能も無くなってしまい、さらには信仰する神が多様化してしまった昨今、そんな場所を町内会を中心に有志で存続させて行く事の意味から、問い直さざるを得ない状況であるのは間違いない。
しかしながら普段近所に住んでいながらもほとんど顔を見た事のない人たちが、こういった準備から集まり、その傍らで、自分たちの仕事の事や世間話をしながら交流して行く機会なんて、こんな事でもなければほとんど無いような気もします。
もちろん「上手くやって行けるかな?」という不安もありますが、逆に言えば普段からこういった形でコミニュケーションをとっていれば、近所付き合いも世の中ももうちょっとスムーズにいくんじゃないのかな?という感じもあります。
面倒くさい事もあるし、できればやりたくないことなんだろうけど、やってみれば、それはそれなりに得る事も沢山ある役割なんだと思います。
一週間後には再びここに集まって、一緒に年を越す事になります。
http://homepage.mac.com/sekainokakera/
http://homepage.mac.com/sekainokakera/eng/top01.html
| 固定リンク
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- すごい雷でした。(2021.07.31)
コメント