子どもの様子。そして...
以前、子どもの下校時間に落雷がひどく、学校側の配慮で子どもたちが留め置かれた事があり、今回の地震もちょうど帰宅時間だった事を思い出し、その時と同じなら、「きっと留め置かれて、保護者が向えに来るまで待たせているだろう。」と予想します。
しかし確認しようにも電話連絡もままならないので、防寒着を着て、徒歩で学校に向います。
歩いて20分程度の道のりですから、もちろん車で行った方が早いに決まってますが、地震直後車で帰宅した妻が「信号も止まってた」という事で、途中の渋滞もありえますし、学校自体にもすでに多くの保護者さんが車で向えにきている事を考えると、無用なパニックを避ける為にも徒歩で行く事に決めて家を出ます。
念のため子どもたちの帰宅ルートに沿って学校へ向いますが、子どもたちとすれ違う事も無かったので、予想通り子どもたちは学校に留め置かれているようです。
学校について教室に行ってみると停電で暗くなった教室の中で、子どもたちが防寒着を着たまま、自分の席に座ってました。
早く帰れるのがうれしそうにランドセルを背負う我が子。
私に気が付いて、いつも通り元気そうに声をかけて来る子どもたちもいる中で、気のせいかもしれませんが、向けにきた私を羨ましそうに見ている幾人かの子どもたちも。
大人でもかなり怖かった地震ですから、子どもたちはなおさらでしょう。
よっぽど近所の子だけでも一緒に連れて送って行こうかとも思いましたが、途中で入れ違いになったり、万が一二次災害などにあって、親御さんに心配をかけてはいけないかなと考え直し、我が子だけを連れて帰宅します。
道すがら、徒歩で向えにきた事に不満タラタラの我が子でしたが、こんな感じもいつもと変わらないので、ちょっと一安心。
家に帰ってきてホッとしたのも束の間、停電のおかげで、テレビも見れないしパソコンゲームもできない。おまけに暗くなってきて本も読めなくなって来ると、再び文句タラタラ状態。
で、売り言葉に買い言葉じゃないけれど、とうとう怒り出す私。
そして半泣きになる我が子。
..........
そこで、ハタと気が付く。
経験した事の無い揺れと、停電で夜を迎える事に落ち着きを無くしている自分。
そしてそれ以上に不安な気持ちで落ち着かない我が子。
そんな事にも気付かなかった大人げない自分が、情けなく思える瞬間でした。
しかし「覆水盆にかえらず。」
冷えきった布団の中で、子どもと寄り添って眠る以外、自分にできる事はありませんでした。
そしてその我が子の手の中には、一年前ぐらいまで毎晩一緒に寝ていたサルのぬいぐるみが、久し振りにしっかりと握られていました。
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