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2010年10月28日 (木)

ほとんどピンボケ

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昨年も同じような時期に同じような写真をたくさんアップしたような気がするが、こういうのが好きだから仕方がない。

ただ今回は時間に追われていたせいか、吹雪が強まってきて不安になってきたせいか、ピンぼけの写真ばかり。

上の写真なんか比較的真っ当な方で、なかには「どこにどうピントを合わせたら、こんな写真になるんだ?」と思ってしまうようなモノも...

ただ不思議なモノで、「街並」を描いていた時は、「これじゃ使い物にならない!」と大騒ぎしていた所だが、最近の作品に関して言えば、あまり焦りはない。

それはたぶん私の最近の作品が「写真のままに描いていないから」なのだろう。
街並なら、ビル一軒一軒、窓一つ一つ、描こうと思えば、どこまでも描いていくことは出来る。
しかしこんな風景ではまさに草1本1本、正確に描くことなど不可能であり、それは無意味な行為にさえ思える。
そんな行為はある意味「リアルな皮膚」を追求するがあまり、毛穴まで描いてしまう行為にも似ていて、もちろん描きたきゃどこまでも描けば良いのだが、「人物画の一部としての皮膚」なら、別にそこまで追求する必要もなく、同じようにその場の雰囲気を伝えるためだけなら、「草1本1本」と言った細部の精度にこだわる必要もない。

今、私が描きたいと思うのは、この場所の存在感や空気感。
そして「はっきりと見えなかった」と言う事実。

リアリティーの意味が「写実(写真の様に描く)」ではなく、「実物の存在感を正確に伝える」と言う意味で使われていた時代のリアリティー。

むしろ吹雪で見えなかった何か、夕闇ではっきりと認識できなかった何か、そんな印象を書き込むことの方が今は重要に思える。

そしてそうやって言い訳をすれば、こんな写真だって、充分リアリティーがあるのかもしれない。



中野修一公式ウェブサイト/この世界のカケラを眺めながら
http://homepage.mac.com/sekainokakera/index.html


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