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2010年5月16日 (日)

栗駒界隈を巡る

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昨日は忘れ物を取りに小安温泉郷まで出かけます。
で、久し振りに明るいうちに出て来たもんで、そこら界隈を写真でも撮りながら、ぐるっと巡ってきます。

もう少し栗駒山まで近づけるかと思いきや、ここから先は通行止め。
それにしてもこのルートの開通って、毎年こんなに遅かったでしょうか?

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「春紅葉」とか「芽紅葉」とか言われますが、そんな彩りを眺めながら「きれいだなぁ」と思いつつも、ちょっと寂しい気もします。

それにしても、写真にしてしまうと、なかなかその時感じた色合いがつかみ切れていないような感触。
もちろん技術のつたなさもあるのでしょうが、同時にそれは私自身が、そこで見つけた色自体にそこはかとない「侘しさ」のようなものを感じているからかもしれません。

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結局、こんな風景の方に心は捕われて行きます。
しかしこれはもう好き嫌いの問題でしかないかもしれないので、あまり深くは考えないようにします。

先日のある写真家の方が、講演会の中で
「見た時の色を、ちゃんと再現できるか?
それは見て来た自分でなければできないし、その為には自分がちゃんとその時の色を憶えていないといけない。」

みたいな事をおっしゃっていて、それを聞きながら「なるほどなぁ。」と納得していました。

昔、フィルムを使って撮影していた時は、プリントまで人任せですから、出来上がって来たものの中には、自分が見て来た色や雰囲気が再現されている訳もなく、だからといってそれが自分でできる訳でもないので、結局、写真は「モチーフを確認する為の素材」でしかなく、あとは「描く」という行為の中で、自分の印象に近い世界を再現しようと試みる訳であり、それこそが私の方法論なのだなあ、と再確認する訳であります。

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最近はすっかりデジタル化も進み、自分でプリントまでできるようになってきて、自分が思うように再現できるようになってきました。
しかし、技術革新が進んでくると、逆にあれもこれも出来てきて、気が付けば「自分が見て来た(感じて来た)色や雰囲気」の再現ではなく、「自分がきれいだと思う色合い(又は雰囲気)の写真」に改変していると言うか、歪めてしまっていると言うか。
実際、これらの写真も「ビネット補正」とかいうので周囲の輪郭を強調したりなど、「見ため」を良くしよう様々な補正を繰り返しています。

そして、もう一度、振り返って、自分がそこで見て感じて来た雰囲気を取り戻す為に、一からやり直す訳です。

道具を絵筆に握り替えての再スタートです。

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中野修一公式ウェブサイト/この世界のカケラを眺めながら
http://homepage.mac.com/sekainokakera/index.html


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