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2010年3月 3日 (水)

どうなる事やら...?教育庁との会見

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本日午前、「ハート・アートの森(あきた特別支援エリアかがやきの丘)」に納める作品に関わって、秋田県教育庁特別支援教育課の方と会見の予定です。

お忙しい中、わざわざ湯沢まで来て頂くのもはなはだ恐縮ですが、相手側の方からの申し出もあったことですし、できうる限り、両者の要望に近い形での契約完了と行きたい所です。

「受け取る側(県、教育庁)が、作品について
 どう考えているかを自分の目で、耳で確認する事」


一端、手元を離れた作品に付いては、作家本人でさえどうする事もできません。
だからこそ、その前に思いつく全て、できうる限りの事を全てやっておきたいという気持ちです。

完全複製が不可能な一点ものであり、「モノ」である以上、いつかは壊れ消えて行く運命からは逃れられません。
それこそ作品自体に「チカラ」がなければ、「泡の如く」消え行く運命なのかも知れません。

80年後くらいには、最近よくある、取り壊し物件からの「備品大放出」みたいな中に、私の作品も混ざっているかもしれません。

あわよくば誰かに拾ってもらえるのかもしれませんが、
あんな大きな物、誰も持って帰らないよなぁ...



中野修一公式ウェブサイト/この世界のカケラを眺めながら
http://homepage.mac.com/sekainokakera/index.html

「小さな美術館がやって来る!」計画、進行中!
http://sekainokakera.cocolog-nifty.com/blog/cat38216335/index.html



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コメント

学校近所の者 様
コメントありがとうございます。

確かにおっしゃる通りかもしれませんね。
あなたのように思っている方が少なからずいるのではないかという懸念は常にあります。
同時に、こんな風に自分の想いを曝け出す事で、自分に対する評価だけでなく、作品そのものの評価も下がってしまう恐れがある事も、何となく予想はしていました。

しかしこのように私が書かなければ、どれくらいの人がこの「ハートアートの森」プロジェクトが内包する問題点に気が付いてくれるのでしょうか?または考えてくれるのでしょうか?

そもそも「問題があっても公開しない方がよいのでは?」という事でしたが、この建物本体建設に関わっても、様々な問題があり、議論があり、それが様々な形で公開されているという現実もありますね。
(だからといって私も公開しても良い、という結論にはなりませんが)

それを見た子どもたちはどう思うのでしょうか?

会見の感じでは行政は、子どもたちやその保護者、近隣の住民の方たち、そして出入りに業者の事については配慮しているようですが、私たちや、私たちの作品に付いては、残念ながらあまり良く考えてくれていないようでした。
(これからどう考えてくれるのかはわかりませんが...)

結局の所、今現在、私の作品や生活を守ってくれるのは「私」と「私の身内」だけです。
その作品を守るためには、こういった事実を可能な限り、これからも公開し続けると思います。良い事も悪い事も。

7点の作品が飾られた時、どんな風景が広がるのでしょうか?
それを見たあなたはどう思うのでしょうか?

内覧会などの予定もなく、一般公開はできない場所の展示らしいので、基本的に外部の人が見る事はできないそうです(これも募集要項のうたい文句とは若干矛盾している)が、もし機会がありましたら、一度ご覧になって頂けたら幸いです。
その上で、また色々な想いを語って頂ければ、なお嬉しいです。

私も、全ての子どもたちに夢や希望を与えてくれるような作品が作る事ができたら良いなぁ、と思っております。

貴重なご意見、心より感謝致します。

10月には「秋田市と動物」シリーズでの展覧会も予定していますので、興味がありましたら、ぜひご覧下さい。

投稿: 中野 | 2010年3月 4日 (木) 03時55分

お気をわるくしないでください。
率直な意見を申します。

あなたは自分と自分の作品のことばかり・・・
この学校がどんな学校かお解りでしょう?
子供達があなたの作品に興味を持ち、
あなたを知ろうとし、
このブログにたどり着いた時、
どんな気持ちになるか考えた事がありますか?
いくらお怒りでもブログ公開はまずいと思います。
現に芸術に興味の無かった私が、
こうしてあなたを知り、
このページにたどり着いているのですから…

あなたの作品が
障害のある子供達の希望を、夢を、持ち続ける
支えの一部となり
愛され続けるよう願っています。

投稿: 学校近所の者 | 2010年3月 4日 (木) 00時11分

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