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2010年2月25日 (木)

契約書

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先日、「ハート・アートの森」に関わって、「秋田県教育庁特別支援教育課」の方から、書類が送られてきました。

実を言えば、この前日に「搬入日についての連絡が無い」と同事務所に電話しましたが、担当者不在のため、後日連絡頂く約束をしていたのですが、その電話がいっこうに来ず、カリカリしていた所にこの封筒が舞い込んで来たので、内容を確認したところ、私の怒りのボルテージは頂点に達します。

早速、電話。呼び出し音2回で、担当者にアクセス!

第1の怒り/指定された搬入日!

 私「事前の書類でこちらの都合はお伝えしましたよね?」
担当「中野さんのご都合がよいのは土・日でしたよね?」
 私「確かにそういいましたが、お願いしたのは2月でしたよね?
    それがどうして3月になっているんですか?」
担当「みなさんの都合に合わせて
   取り付け業者さんを何度も呼ぶと大変なので...。」
 私「こっちはボランティアでやっているのに、業者の都合とは何事だ!!」
  「だいたい作家本人が取り付けに立ち会えないとはどういう事だ!」
担当「業者の都合というよりも、『子どもたちのために』そうしているので」

教育関係者の大人がよく使う責任転嫁の逃げ台詞..子どもたちのため

結局の所、私たち作家の都合などは、業者の都合の前では鑑みられないようです。

第2の怒り/著作権

最近、何かと話題になるこの「著作権」。

今回も「著作物利用許諾契約書」という書類がやって来て、サインを要求されて来ました。
で、中に目を通してみると、こんな一文が見つかります。

<独占的許諾>
「前条の許諾(作品を展示・複製・頒布に利用する)は、独占的な物とし、甲(作家)は、乙(秋田県知事)以外の第三者に対し、印刷物における複製、頒布の形態で本著作物を利用する事を許諾してはならない。」

これって要するに、自分が「画集を作りたい」とか「絵葉書」を作って販売したいと思ってもできないって言う事ですよね。
もともとの著作権は私にあり、また、最初から「版権を手放す」ような契約に同意もしていませんので、この書類にはハンコは押せません。

第3の怒り/作品を管理するのは誰か?

他の人が何と言おうと、公募によって審査委員が「優れていて、その場にふさわしい」として選ばれた作品であり、実際、審査講評の中にも「作品の芸術性や作家の今後の可能性も評価したい」という事であれば、これは「芸術作品として評価されたもの」であります。

そうであるならば、作品を維持管理する団体を明確にし、例え50年後、建物が壊される事があっても、その作品たちの維持管理を誰かに引き継いで欲しいのです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「なぜ、こんなことを偉そうに書くのか?」
そんな声が聞こえてきそうです。

でも、ここで大声を上げて色んな事をちゃんとしておかないと、ある意味自分のかわいい子どもの様な「作品」たちは、いつかどこかに葬り去られてしまうのです。
「お役所仕事」見え見えの対応や、優先順位の取り扱い方を見てもとても心配です。

このまま黙っていたら、私たちの作品が、時計や黒板と同等の「備品扱い」にされそうで....

何とも怖いのです。

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中野修一公式ウェブサイト/この世界のカケラを眺めながら
http://homepage.mac.com/sekainokakera/index.html

「小さな美術館がやって来る!」計画、進行中!
http://sekainokakera.cocolog-nifty.com/blog/cat38216335/index.html



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コメント

ginchan 様
コメントありがとうございます。

そして私の作品に対するお気遣い、心より感謝致します。

昨年、採用が決まってから、色々と調べてみた所、この「ハートアート〜」の企画自体が、この建物建説自体に批判的だった住民の批判をかわすために降って沸いたような性格が強く、だからろくな予算も付かないまま始まってしまったようなんです。
だから、取り付け業者には工事費が支払われても、私たち作家には輸送料さえ支払われる気配すらありません。

本来「寄贈」というのは「寄贈する側」が言い出す事であって、もらう側の「県」の方から言い出すことではないと『常識的には』思いますが、最初の募集要項からそう書かれていて、私自身、それを見た時は正直、その見識を疑ってしまいました。

それを知った上での応募でしたので、今更引っ込める訳にもいきませんし、「常設して子どもたちに見て欲しい」という気持ちもある訳で、今の所、他にそんな嬉しいことを言ってくれる団体がいるわけでもありませんので、このまま「納品」されることになると思います。

私自身、ブログに書かれている以上に色々な感情があるのですが、あとは「この作品たちにどれくらいのチカラがあるのか?何かを変えられるのか?」そのことを試す意味も含めて、今後を見守って行きたいと思います。

投稿: 中野 | 2010年2月26日 (金) 06時37分

これを見てあきれましたよ
教育庁の方の世間はずれた常識には驚きます。
僕だったら、即今手を引きます。
何もこのようなルートを使わなくても
子供たちに中野さんの絵を見せることは
可能かと思いますよ。
官を使うことは、やめた方がいいです。
使うんだったら
もっと理解のある県にした方がいいと思いますよ。
そして、周りから秋田の教育庁を包囲していったらいいと思います。こんなことしたら、安く見積もられているだけだと思います。
すいません、乱筆で。

投稿: ginchan | 2010年2月25日 (木) 19時00分

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