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2008年11月 7日 (金)

七五三/神の前ですら、人は区別される

08110701

 気が付けばもうすぐ七五三。
 今から2年前の事。信心の薄い私にとっては自分の厄年は愚か、子どもの七五三さえ無頓着で、ただ時の過ぎ行くのを黙ってやり過ごそうと思っていましたが、しかしながら妻に強力に説得され、「服は新調しない。ただお参りだけ」という条件で七五三に家族で出掛けました。

 何ともケチ臭い話で恐縮ですが、この七五三も実を言うと、当時住んでいた京都の新聞社が大々的に募集した「市内のとある有名な神社」の七五三詣りに無料で参加できるツアーです。ダメもとで応募したら当たったんですよね。

 サッカーが出来そうなくらいだだっ広い境内の片隅で受付を済ませて、神社の中庭のような所に通され、そこには同じように応募で当選した子どもとその家族でごった返しています。確か子ども100人の募集だったからその3倍の人間でひしめいていたはずです。隅には折り畳みイスなども用意されていたようですが、数も足りなく、大体そんな物を広げるゆとりなどなく、子どもも付き添いの大人もみんな立っています。

 まあ言ってみれば、この七五三という神事は、子どもの出生率と生存率が高くなかった昔、「ここまで生き長らえさせてくれたこと」を神に感謝するという意味合いが強いので、どちらかと言うとこちらがしっかり神様にお礼申し上げなければならないようです。
 それにしてもこの感じはまさに、韓流スターを一目見ようと空港や沿道に集まった人々の群れのようでもありますが、主役が「神」と「神主」なのであれば、それもまた致し方ない事。
 そんな事を考えているうちに式は終了。最後尾の席から小さく見える舞台を眺めているような、何か物足りなさが残ります。

 そして促されながらの退場。するとその後では、先ほど見かけたパイプイスが一斉に並べられ始めました。

 この後は、しっかりとお金を払った人のための神事。

 私たちの想いの質や量とは一切関係なく、お金の額によってだけ測られ、明確に区別される私たちの信心。私たちは神の前ですら平等ではないようです。そしてそんな私たちを区別するのは神ではなく、同じ「人」なのでした。


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   http://homepage.mac.com/sekainokakera/index.html
  

私の作品が西脇市サムホール大賞展に入賞しました。
   http://www.nishiwaki-cs.or.jp/okanoyama-museum/thumbhole/


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